英語で百人一首 第一歌「秋の田の…」天智天皇
もくじ(CONTENTS)
日本人のこころ「小倉百人一首」
百人一首は、百人の歌人の和歌を、一人一首ずつ選んだ秀歌撰です。
中でも、藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだ小倉百人一首は「歌かるた」として、今でも多くの人に愛されています。
古典の授業等で学習した方も多いでしょう。
当サイトでは、そんな小倉百人一首より毎回一首ずつ「英文訳」「現代語訳」も交えながら紹介します。
今回は和歌番号第1番「天智天皇」の一句です。
第一首「天智天皇」
秋の田の
かりほの庵の
苫をあらみ
我が衣手は
露にぬれつつ
「小倉百人一首」第一番:天智天皇より
英文訳(ピーター・マクミラン)
In this makeshift hut
in the autumn field
gaps in the thatch
let dewdrops in,
moistening my sleeves.
「WHACK A WAKA 百人イングリッシュ」(ピーター・マクミランより)
現代語訳
秋の田のほとりの仮小屋にとまって、刈り取った稲の番をしていると、小屋の屋根をふいたり囲んだりしている苫の目が粗いので、その隙間から忍び込むつめたい夜露に、私の着物の袖は、しっとりと濡れていくことだなあ…
※苫(とま)…スゲ・アシ等を編んでつくったむしろ。家の周りをこれで覆った。
歌人「天智天皇」(626~671)
中大兄皇子と呼ばれた皇太子時代、中臣(藤原)鎌足とともに「大化の改新」を行いました。
その後、都を近江(滋賀県)の大津に移し即位。日本ではじめて水時計を作らせたことでも有名です。
「大化の改新」とは
645年(大化1)、中大兄皇子(のちの天智天皇)・中臣(藤原)鎌足らが蘇我氏を打倒して始めた古代政治史上の一大改革。
蘇我蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)父子を滅ぼした中大兄皇子は孝徳天皇を即位させ、自らは皇太子として実権を握った。
翌年、公地公民制、地方行政組織の確立、戸籍・計帳の作成と班田収授法の施行、租・庸・調の統一的税制の実施を中心とした改新の詔(みことのり)を発布し、氏姓制度による皇族・豪族の支配を否定して、中央集権的支配の実現へと向かった。
大化の新政。(三省堂・大辞林第三版より)
まとめと感想
当時の農民の暮らしが伝わってくる素朴な歌だと感じています。
実はこの歌、農民の民謡が時代を経て、天智天皇の作とされたという説もあります。
ではなぜ、天智天皇の作と言われるのでしょうか?
「農民の生活に思いを巡らす程に、天智天皇が偉大で思いやりが深い人物だった」
そんな有力な説があります😊
今回も最後まで御覧頂き、ありがとうございました💖
当サイトでは、そんな小倉百人一首より毎回一首ずつ「英文訳」「現代語訳」も交えながら紹介しています。
また歌にまつわる「場所」の観光情報等も紹介しています。是非こちらも御覧ください。